痛い死に方 ワースト1 すい臓がん5 とにかく痛いんだ〜助けてくれない医者

2016.11.29 Tuesday 23:26
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    JUGEMテーマ:すい臓がん

     入院して、2か月過ぎたころ、看護婦長から、あいつ(医者)から「お話がある」と言ってきた。

    面談をするという。抗がん剤が終わったからという話らしい。

     

    夕方、あいつ(医者)の時間が空いてからの面談。

    そのころ、父は日々日々痛みがキツくなっており、毎日、必ず痛み止めを飲んでその量がどんどん増えていた。

    自力で移動は難しくなっており、車いすを使っていたが、首、肩、腕の痛みが辛くその状態で10分位しか居られない。

    私が医者なら、面談などは病室でやると思っていたので別室に呼ばれたことは意外だった。

     

    その部屋に呼ばれ、母も私も構えていた。何を言われるのか分からなかった。

    あいつ(医者)の言いたいことはこうだ。

    「抗がん剤が終わった。お宅の場合、治療方法はないからもう入院していられないんだよ。」

    「でもね、この前検査したら、ガンは転移があったんだ。こことね。こことね。ここ。見える範囲でだよ。あとはまだあると思うけどね。僕、わかんない。」「これ以上、治療するならもう一回、抗がん剤だよ。どうする?」

    その話を、かれこれ30分位くどくど話しやがった。父は、その間痛いのを我慢して聞いていた。

    限界が来た父は、「もう疲れた」と言って病室に戻った。気の使えないあいつ(医者)は、父が痛いことは気にならなかったようだ。

    もう、転移の事なんかどうでもいいんだよ。もっと、患者の痛みとか、心を考えてほしいんだ。

    それを我慢して聞いてた父の気持ちはどうだったんだろう。それより、痛いんだよ。。。と思っていたに違いない。。。

    私と母の結論は「転院します」だった。

     

    末期で何も治療方法がないのに、少しの望みを託した抗がん剤治療。

    あいつ(医者)、その心がわからないのか。一言、ねぎらいの言葉位ないのか。痛みを感じて一番辛い患者のケアをする気持ちはみじんも感じられないけど、人としてもうちょっと、なんとかなんないのか・・・・。

    また私と母は、あいつ(医者)の「気の使えなさ」と「もう治療方法がない」というところに頭に来ていた。

     

    看護婦長という立場の看護士にあいつ(医者)、なんとかなんないのか?と訴えてみたが、しょせん看護婦長はあいつ(医者)の味方なのでよい返事はない。先生は〜先生は〜と医者をフォローする事しか言わない。

    ちなみに、なんどか担当医を変えてくれという話もしているが対応はしてもらえなかった。

    「うちの病院はチームで見ていますから。どの先生が観ても結果は同じです」と言われた。

    違うんだって。結果は同じでも、少しは人間らしい心のある奴がいるんじゃないかって言ってんだって。

    立場の弱い患者や患者の家族に、新薬の1本100万のする抗がん剤を勧めてにこやかに笑っている奴じゃなくて。

    結局、そこの看護士も医者もみんな同じ。朱に交われば赤くなるのか、なんなのか。同じ考えのもと、そこにいる。から仕方ないのか。

    あまりに、父が可哀想だった。転院させることにした。

     

    その間にも日に日に父の痛みは増していく。

    毎日飲む鎮痛剤の量が1日2回から3回に増えた。それでも痛くて注射をした。

    何もできない私たち家族。できることは、この患者の心に寄り添う心のないあいつ(医者)から離れること。

     

    「ホスピス」という科がある病院に転移して少しでも、父の心が軽くしてあげたい。

    ガンになる何年か前に、副腎の病気で入院していた病院に転院の手続きを取った。

    その病院の「ホスピス」は有名でベットの空き待ちだった。誰かが死ぬのを待っているみたいで、嫌だったな・・・

    category:ひとりごと | by:ごんちゃんcomments(0) | -

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    2020.01.14 Tuesday 23:26
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