痛い死に方 ワースト1 すい臓がん6 自宅介護そして転院へ

2016.11.30 Wednesday 17:30
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    JUGEMテーマ:すい臓がん

     転院させることを決めたが、すぐに受け入れてくれるの病院が無かった。

    ベットが混んでいる??とでも言うのだろうか、市内十何か所かある「ホスピス」の中でも、私たち家族が希望する地域で探したところ空きがなかったのだ。それだけ死を迎える人がたくさんいたのか…。空きがないのでしばらく在宅で介護することになった。

    父は「早く家に帰りたい」といつも言っていたので、家に帰れる退院をとても喜んでいた。

     

    転院を病院に申し出るとケースワーカとケアマネージャーを用意してくれた。

    ケースワーカーに転院の事や在宅医療をしてい病院を紹介してもらい、先方との面談の手続きを取ったり、ケアマネージャーと訪問介護や訪問入浴介護の申し込みをしたり在宅介護に必要な用具を用意した。

    在宅医療の病院に行き、医者と話をしたり24時間看護をしてくれる看護婦と面談したりした。

     

    自宅介護の準備がやっと整って、晴れて退院出来た。介護タクシーを用意して、車いすのまま退院だ。

     

    家に着いたら、父はとても落ち着いた。

    顔色もよく、病院ではもうあまり食べられなくなっていたが、家では食欲もありテレビを見る余裕もあった。

    訪問入浴を頼んで来てもらったり、医者が往診に来たりして痛みはあるが薬で誤魔化しながらだが何とか穏やかに過ごしていた。

    夜中には、母が付き添えばトイレにも行けた。

    元々よく笑うような人ではなかったが、病院ではもう殆ど笑わなくなっていた。

    家に帰ったこのときは、少し表情もゆるくなり母や私と笑って会話することもできた。

    果物も少し食べられるようになり、クリスマスにはケーキも食べた。

     

    少し落ち着きを見せたかと思ったのもつかの間、父が高熱を出した。38〜9度程度の熱が2〜3日続いた。

    様子を見たが、熱は一向に下がらない。ウィルス性のものではなくガンからの発熱だった。

    あまりに辛かったのか父本人が、「入院したい」と言ったそうだ。

    年末も迫った12/27だった。お正月は自宅でできるといいね、次の桜が見られるといいね。と話していた矢先だったが、タイミングよく病院のベットに空きも出て?緊急入院することにした。

     

    転院先の医者とは面談も済ませており、すぐに処置が始まった。

    ずぐにベットも用意され点滴が始まった。意識が朦朧としているようで病院にいるのはわかったようだが、話ができない。

    幸い、肺に水がたまって息もできないという状態ではなかったので呼吸はできたが酸素マスクはしていた。

     

    入院2日目も熱があった。どんどん意識がなくなっていくのがわかる。

    御飯が食べられなくなり、点滴だけになる。点滴をされて、尿の管をつけられたので自力で行けたトイレには行けなくなった。

    人間、最期まで使えるところは使わないとすぐに衰えて使えなくなるんだと。このとき思った。

    トイレは一昨日まで頑張って一人で行けたのに。伝え歩きでも自力で歩行ができた人が点滴をつけられ尿の管が入っただけで意識がなくなっていく。

     

    あまりにも早くて、私の頭が混乱していた。気が付いたら父と話ができなくなっていた。

    「最期の言葉」なんてよく聞くけど、この状態じゃ…

    category:ひとりごと | by:ごんちゃんcomments(0) | -

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    2020.01.14 Tuesday 17:30
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